嗅覚受容体の応答を指標に実悪臭を消臭することに成功

嗅覚受容体の応答を指標に実悪臭を消臭することに成功

  国立大学法人bet36体育在线_bet36体育投注-官网网站@大学院工学研究院生命機能科学部門の福谷洋介助教とエステー株式会社の共同研究チームは、ヒトの鼻に存在する微量アミン関連受容体の一種がネコ尿臭の悪臭原因分子に応答することを特定しました。さらに、この受容体の悪臭原因分子に対する応答を抑えることで、実用的な消臭作用のある香料物質を発見しました。この成果により、ペット飼育環境の効率的な改善方法の開発に貢献するとともに、主要な分子が特定されていない様々なにおいの課題解決への貢献が期待されます。

本研究成果は、「International Journal of Molecular Sciences」(2月13日付)に掲載されました。
論文名:Harnessing Odorant Receptor Activation to Suppress Real Malodor
URL:http://www.mdpi.com/1422-0067/26/4/1566

背景
 ヒトは鼻の奥の嗅上皮にある約400種のにおいを感じとる受容体(においセンサー)に、におい分子が結合することで、においを検知します。揮発性のにおい分子の種類は数十万種類以上あるとされ、その組み合わせで様々なにおいとなります。これまで、一般的に悪臭に応答する受容体を探るためには、単一の悪臭成分が用いられてきました。しかしながら、環境中に存在する実際の悪臭(以下、実悪臭)は、複数の悪臭成分の混合物として存在しているため、ヒトはこの実悪臭に含まれる複数の成分に同時にさらされた状態で悪臭を知覚しています。実悪臭の中には、主要な悪臭成分が特定されていないものが多く存在しています。
 過去の報告ではヒトが強い悪臭として感じる硫黄臭の原因となる単品のにおい分子に応答するにおい受容体(注1)を複数同定し、それらにおい受容体の応答を抑える拮抗阻害剤(アンタゴニスト)を混ぜることで硫黄臭の感じ方を効果的に抑えることに成功しています(参考文献1)。
 今回の共同研究で確立した試験方法では、主要な悪臭成分が特定されていない実悪臭に対しても、応答する受容体の探索と受容体の応答を抑制する香料物質の探索が可能かどうか、ネコの尿をモデルとして、ネコ尿臭に応答する嗅覚受容体の応答を指標に、悪臭抑制効果のある香料の効率的な探索が行えるかどうか実践しました。

研究体制
 本研究は、国立大学法人bet36体育在线_bet36体育投注-官网网站@大学院工学研究院生命機能科学部門の福谷洋介助教、同大学院工学府生命工学専攻博士後期課程の金牧怜奈さん、エステー株式会社らの共同研究グループによって実施されました。
 なお、本研究の一部は国立研究開発法人科学技術振興機構が推進する産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA) JPMJOP1833(光融合科学から創生する「命をつなぐ早期診断?予防技術」研究イニシアティブ)、及びJSPS科研費等の支援を受けて行われたものです。

研究成果
 においの基となる揮発性のにおい分子は数10万種以上あるとされ、悪臭の感じ方もその悪臭を構成する様々なにおい分子の組合せとその量比で感じ方が変わります。においの分析をする際によく使われるガスクロマトグラフィーでは、においを構成する分子毎を分離し、含まれているにおい分子を同定します。しかし、嗅覚の検出閾値が非常に低いにおい分子では、ガスクロマトグラフィーで検出できなかったり、におい嗅ぎガスクロマトグラフィーでヒトの嗅覚でのみ検出できたりする微量分子が重要分子であることも多くあります。におい分子が混ざることでにおいの感じ方が変わることも多いため、実際のにおいの感じ方を考慮する場合、その実臭気そのものを解析することが良い場合があります。
 今回の研究では、単一の悪臭成分ではなく、実悪臭を用いて応答する受容体を探ることで、よりヒトのにおいの知覚の実態に近い状態での試験ができるようにしました。ヒトやマウスの嗅覚受容体を作る培養細胞と気相刺激法(参考文献1、2)を応用し、ネコ尿に含まれるにおい分子を充満させた空気をにおい受容体に曝露させるようにし、ネコ尿臭に応答するにおい受容体の網羅探索を行いました。ネコ用のシステムトイレ(図1A)を利用して、回収したネコ尿の臭気を実際に感じると採取日によって臭気の違いがあり、尿臭にも日差が大きいことが分かりました(図1B)。そこで、採取日の異なるネコ尿に対して、応答する嗅覚受容体を探索した結果、微量アミン関連受容体(Trace amine associated receptor)のTAAR5が、ネコ尿臭の採取日の違いによって異なる臭気強度と相関して応答を示すことを見出し、TAAR5がネコ尿臭に含まれる悪臭原因分子に応答していることが分かりました(図1C)。ガスクロマトグラフィーでネコ尿臭の揮発成分を分析するとトイレ空間や冷蔵庫内、生ゴミなどから発生するトリメチルアミン(腐った魚のようなにおい)が検出されました。トリメチルアミンは、TAAR5が応答することが既に知られている分子の1つであることから、ネコ尿臭の原因分子の1つであると考えられました。しかし、トリメチルアミンとネコ尿の臭みは異なるためトリメチルアミンのみがネコ尿臭の原因ではなく、ガスクロマトグラフィーでは検出できない分子の中にもネコ尿の悪臭原因分子が存在すると考えられました。

 次に、400種類上の香料物質の中から、ネコ尿臭に対するTAAR5の応答を抑制する分子の探索を行い、十数種の香料物質を発見しました。絞り込んだ香料物質に対して、ヒトでの官能評価試験によって、実際にネコ尿臭の感じ方を抑える効果があるかどうか評価しました。TAAR5の応答抑制作用がある香料は、非常に薄い濃度でネコ尿成分と混合した場合でもネコ尿臭の悪臭強度を有意に低下させる一方で、TAAR5応答抑制作用のない香料は同程度の濃度ではネコ尿の悪臭強度の低下作用はみられず、より高濃度の香料が必要でした。これは、TAAR5抑制作用のある香料は強い香りでのマスキング作用ではなくネコ尿のにおいを抑えたことを意味します。
 トリメチルアミンについても、ネコ尿臭と同様に、においを感じさせない香料物質の探索を行いました。その結果、抑制効果を示した香料物質は、ネコ尿臭を抑制する香料物質とは異なり、効果の強さや順位に違いがあることが分かりました。これは、トリメチルアミン以外のネコ尿悪臭の原因分子を含む臭気全体に対して、添加した香料が影響を及ぼし、複合的にネコ尿のにおいの知覚が変化した可能性を示唆しています。
 また、実際の悪臭に応答する嗅覚受容体の探索と、それらの受容体の応答を抑制する香料の選定を組み合わせることで、より効果的な消臭剤を選抜できることが明らかになりました。これにより、実際の臭気をそのまま扱う手法の有効性が示されました。
 さらに、本研究の結果は、臭気応答の鍵となるにおい受容体の応答を指標とすることで、数百種類の候補分子の中から、臭気の感じ方を変える効果のある香料を効率的に絞り込めることを示しています。 

今後の展開
 においの感じ方には個人差も、順応性もあるため、そのにおいを強く感じ臭く感じる人もいれば、ほとんど感じない人もいます。市販されている消臭剤のなかには、くさいにおいを消すために強いにおいでマスキングする方法をとるものがありますが、その消臭剤に使われている香料のニオイ自体をくさく感じる人もいます。近年、強すぎる香りに対して化学物質過敏症への影響が問題視されており、解決が期待される課題の1つとなっています。
 本研究のコンセプトであるにおい受容体の応答阻害を利用した消臭方法は、生活空間における悪臭を従来の強い香りで覆って消臭するのではなく、ヒトの嗅覚の受容機構を利用することで、効率的に消臭することを可能にする技術です。
 また、本技術はくさいにおいのみならず幅広いにおいに対する評価に適応できるため、例えば快いにおいとして感じるときのにおい受容体の感じ方を指標に、さらに香りを良くするエッセンスとなるにおい分子の探索など幅広い応用展開ができる可能性があります。

用語解説
注1 )におい受容体
 嗅覚神経細胞の繊毛に発現し、環境中を漂うにおい分子と結合する膜タンパク質。7回膜貫通タンパク質であるGタンパク質共役型受容体に属すにおい受容体としては、嗅覚受容体(Odorant receptor)と微量アミン関連受容体(Trace-amine associated receptor)がある。ヒトでは約400種類、イヌでは約800種、マウスでは約1100種のニオイ受容体があり、それぞれの受容体が異なるにおい分子に対して応答する。


参考文献1)Fukutani et al., Antagonistic interactions between odorants alter human odor perception
URL:https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(23)00554-7
2023年5月29日プレスリリース
香料を混ぜた時ににおいの感じ方が変わるメカニズムを解明/outline/disclosure/pressrelease/2023/20230529_01.html

参考文献2)Kida, Fukutani et al., Vapor detection and discrimination with a panel of odorant receptors
URL:http://www.nature.com/articles/s41467-018-06806-w 
2018年11月6日プレスリリース
マウスのにおい受容体発現細胞パネルを用いて気相中のにおい分子の検出と分子種の識別を実現/outline/disclosure/pressrelease/2018/20181106_01.html

 

 

図1:ネコ尿の臭気とにおい受容体応答の関係
A)ネコ尿採取の方法、ネコ用のシステムトイレを使用した。
B)官能評価によるネコ尿臭の違い、6人の被験者にネコ尿の悪臭強度を評価した。 
 Day2とDay6の強度が特に強かった。
C)ネコ尿に対するヒトTAAR5の応答。悪臭強度の強いDay6とDay2のネコ尿に対してTAAR5の応答感度が高かった。
 
   

図2:本研究のネコ尿臭応答と香料による臭気抑制作用の概要図
ネコ尿臭の不快感を引き起こすにおい受容体の1つとしてTAAR5を同定した。
このTAAR5の機能活性を低下させる香料でマスキングすることで、ネコ尿臭の不快感が緩和できることが分かった。このTAAR5抑制香料を芳香剤などに添加することで、室内で飼育しているネコの尿臭などの課題の解決に貢献し得る。
  




◆研究に関する問い合わせ◆

 bet36体育在线_bet36体育投注-官网网站@大学院工学研究院  
  生命機能科学部門 助教
  福谷 洋介(ふくたに ようすけ)
   TEL/FAX:042-388-7479
   E-mail:fukutani(ここに@をいれてください)cc.jskrtf.com


プレスリリース(PDF:652.9B)

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